地すべり等防止法によれば、地すべりは地下水に起因して土地がすべる現象となっている。このように地すべりと地下水(涵養源としての降水)は、密接な関係があることが知られており、地すべり滑動を制御するための主要な対策工法の1つとして地下水排除工(抑制工)がある。また、地すべり対策工の設計にあたって、どの程度地下水位(すべり面に働く水圧)を低下させ、どの程度まで安全率を上昇(安全性の確保=計画安全率の設定)させるのかが問題となる。このため、通常は安定解析を行い、計画安全率を達成する対策工の種類や数量を決定する。 ここでは、地下水排除工の安定解析の手順と効果予測について述べる。 2.安定解析の手順 地下水排除工の安定解析の概略的な手順を図−1に示す。 図−1 地下水排除工の安定解析の概略的な手順 (1)安定解析スタート前(地すべり調査時): ブロック区分、主測線設定、すべり面の解析等を行い、解析断面図を作成する。 (2)安定解析式の選定: 安定解析の項で示されるように、安定解析の式には条件により複数の式が提案されている。この中で、適切な式を選 定する。ここでは、一般に数多く使われる分割法と呼ばれる安定解析式(式@)およびすべり面に働く力の模式図を図−2に示す。 図−2 安定解析式およびすべり面に働く力の模式図 (3)現況すべり面の間隙水圧の設定: すべり面に働く間隙水圧は、一般的には地下水位で代用され、調査時、地下水位観測期間の中で最も高い地下水位に設定する。 (4)すべり面のせん断強度定数の設定: 主測線断面を地形の変換点などをもとに細片に分割し、各細片の高さや地下水位、すべり面の傾斜角度を読み取る。その結果や現況安全率を式@に入れるとtanΦとcの一次式が得られ、直線関係となる。すべり面のせん断強度定数は、運動速度の比較的小さな地すべりの場合、粘着力cは、先行荷重(地すべり土塊の厚さ)にほぼ比例することが知られており(表−1参照)、地すべり土塊の層厚から粘着力を決定し、内部摩擦角φを求めることができる。土質試験値を利用する方法もあるが、すべり面粘土が非常に薄く、上下に礫が混入する等によりサンプリング・土質試験が困難なことが多く、試験値がバラつき、現況安全率とかけ離れた安全率を示すことが多いなどの問題があるため注意が必要である。 表-1 地すべり土塊の垂直層厚と粘着力cの関係1)
(5)現況安全率の設定:地すべりブロックの現況の安全率は、一般にFs≒1.00にあると考えられる。 これは、地すべり活動の履歴から想定される。地すべり滑動中のすべり面粘土に強度変化がないものと仮定すると、地下水位が上昇した場合(式@の平均間隙水圧Uが大きくなった場合)、釣り合いが崩れて(Fs<1.00)地すべり滑動が発生する。再び、釣り合いが取れるまで地すべり滑動が続き、滑動停止状態になると考えられる(Fs≒1.00)。代表機関の現況安全率を表−2に示す。基本的には地すべりの滑動状況から設定される。 なお、岩盤すべりのように過去に地すべり滑動をしたことはないが、地すべり活動を示すような不安定化の兆候がある場合は、Fs=1.00より大きく設定される場合もある。 表−2 代表機関の現況安全率・計画安全率表
(6)計画安全率の設定: 計画安全率は、地すべり防止工事全体で達成する安全率であり、地すべり全 体としてどの程度まで相対的な安全性を向上させるかの問題である。 一般的には地すべりの特性 や保全対象物、流域の重要度等の考慮して決定される。例えば地すべり地内や下方に人家や道 路、公共施設があって生命や生活に大きな支障等が発生する可能性がある場合は安全率を高く設定する(表−2参照)。逆に水田や畑、林など直接、人的な被害がない場合は小さく設定する。 ここで、誤解のないように指摘しておかなければならない点は、計画安全率Fs=1.10が危険かどうかの問題である。経験的には地すべり滑動は、切土等により安全率を5%程度以上低下させた場合に発生していることが知られている1)。 この点からみると、計画安全率Fs=1.10でも十分に安全と考えられるが、安全率を高く設定することによって特殊な要因や長期的な風化による劣化、地すべり防止施設の維持管理の問題等によるリスクを小さくしていると考えられる。 (7)地下水排除工の効果予測と安定解析: 地下水排除工により、どの範囲でどの程度水位が低下するのかを予測し、再度、安定解析を行い、 計画安全率を満足するような水位低下量を求める。 一般的には平均間隙水圧は地下水位で代用されるが、地下水位が低下した場合、式@に示される間隙水圧Uが現況安全率設定時より小さくなり、他の項が変化しないため安全率が上昇する。ここで、地下水排除工によりどの程度水位を低下させることが出来るかどうかが問題となる。地すべり地は、複雑な土質構成を示し、沖積低地の砂層や砂礫層といった地層に含まれる層状水ではなく、大小のパイプ状の孔がネットワーク状につながった裂か水的な流れをすると考えられる。また、前者の地層に比べると後者は透水性も低く、横ボーリング工などの影響圏(地下水位の低下範囲)も狭いのが一般的である。このため、地下水排除工によってどの程度地下水位が低下するかを予め正確に予測することは困難であり、無闇に大きな値を採用しても計画通りに水位低下しないことがある。このため、地下水排除工による水位低下量は、掘削中の地下水位状況、簡易揚水試験結果、地下水検層結果、ボーリングコア状況等から帯水層構造や深度方向の地下水位を考察して決定する必要がある。また、暗渠の公式等から予測したり、大規模な地すべりでは浸透流解析により予測することも行われている。 一般的な地下水低下状況を図−3に示す。 図−3 地すべり地の集水井による模式地下水低下状況図 (8)地すべり防止工の組合せと防止効果の推定: 地すべり防止工は、単独で実施される場合と複数の工種が組合されて実施される場合がある。地すべり活動には様々な素因・誘因があるため複数の工種が施工されるが、多くの場合で地下水排除工が計画・施工される。一方、地下水排除工のみで計画安全率を満足する計画は少ない。これは、地すべり地の透水係数が、沖積平野などと比べて小さく、大きな水位低下を得るためには膨大な数量の地下水排除工が必要になること、土質構成が複雑で予測が難しいこと、目詰まり等があり長期的な信頼性に問題があることなどから、排土工・押え盛土工、抑止工等と組み合せ、達成可能な計画とする必要がある。また、対策工法に応じて負担すべき安全率を決める場合、地下水排除工で0.05程度、排土工・押え盛土工で0.05程度、抑止工で0.1程度を目安としていることがある2)。計画安全率の達成が可能と判断されれば防止工法を決定する。困難と判断された場合は、防止工法の組み合せと地下水排除工の効果を再検討し、安定解析をやり直す。 3.地下水位排除工の効果予測手法 地下水排除工の工事効果を予測する方法は、2つに大別される。 (1)経験的な手法 地すべり地を構成する土質や透水性が複雑・不均質であり、かつ透水性が低いため定量的な解析が容易でないことから、計画水位低下量は、今までの経験データに基づいた一般的な値が採用される。ここでの水位低下量は、地下水排除工施工範囲の平均的な地下水位低下量と解釈するべきであり、単独、主測線沿いのみの配置計画で地すべりブロック全体の地下水位が低下するというようなことではない。また、地下水排除工は、滑落崖直下や側部の段差部など地すべり活動に由来して地盤が緩み、降水の浸透性が良くなり地下水が多いこと、透水性が高いこと、頭部の水圧がすべり面に沿って伝わり、地すべり滑動を誘発していると考えられること、しばしば断層等により地下水が止められて水頭差が生じている地域があることなどを考慮し、この付近に施工することを念頭に置いている。地質構成の違いなどの素因や降水状況の誘因など、考え方の違いにより必ずしも統一された基準とはなっていないが、主な値を表−3に示す。 表−3 対策工別の一般的な排水効果予測値(計画水位低下高)
この他に土地改良事業計画設計基準・計画「農地地すべり防止対策」基準書技術書によれば、地質条件が類似する近隣地すべり地域の実績を考慮して決定することが望ましいとし、表−4の値を示している。 表−4 島根県の水位低下実績例
(2)数値解析等による手法 これは、より精度の高い解析を試みる方法であり、モデルが的確に構成された場合は精度のよい結果が得られるが、作業に時間がかかること、条件設定に困難を伴うこともあり、実績は少ない。地下水位は、湧水位置や地下水位観測孔でチェックされる。断面二次元解析によるトンネルからの集水ボーリングの計算例を図−3に示す。 トンネルや集水ボーリングは、浸出面として条件を設定し、計画水位低下量は、更に平面二次元モデルで集水ボーリング孔間の中央の水位の値として求めている。この他に群井の公式2)や暗渠の公式3)に基づいて決定される場合もある。 図−3 断面二次元解析によるトンネルからの集水ボーリングの計算例 4.平面配置計画 一般的に行われる安定解析は、二次元断面解析である。二次元断面解析では地すべりの主測線(すべり面深度が最も深い縦断測線で、一般的には地すべり斜面のほぼ中央部と考えられる)で解析が行われる。この結果、主測線断面としての地下水位低下量が予測値として求められる。一方、地すべりは3次元的に分布するため、対策工を平面的に配置する必要がある。原則的には主測線で設定した対策工を横断方向に覆う形で展開すれば良いことになるが、その際、横断方向にすべり面深度が浅くなること、地下水の平面的な流れや涵養域、流出域、地下水が集中する地域などを考慮することが大事となる。 三次元浸透流解析では対策工の位置や形状を直接モデルに取り込むことが出来るため、解析結果と対策工の種類や数量が一致する。しかしながら、モデル自体に対策工の位置等を取り込み、詳細に検討しようとするとメッシュ自体の制約を受け、モデル自体の変更が必要になる場合がある。このため、平面的な位置などは予め決定しておくことが解析の手間を考えると必要になってくる。 5.工事効果の判定について 地すべりの安定性が確保されたかどうかを知るためには、抑制工により予測通りの工事効果が得られたかどうかを判定する必要がある。一般的には地下水排除工による工事効果は、地下水位の低下として観測されるが、地下水排除工の効果判定基準は、現時点では確立されていない。移動中の地すべりが、地下水排除工により滑動中→滑動の小康状態化→停止が観測され、その時の地下水位が観測されていれば、どの程度の安全率の向上かの目安はつけられる。 降水量の増減により水位変動パターンも変化するが、現象的には次のような点が観測される。なお、一般的には地下水位は1年間を通じて経年変化するため、年間単位で比較される。
@〜Bは、地下水位が低下し、水位低下速度が速くなっており排水性の向上と判断され工事効果があると考え られる。計画水位低下量が確保されていれば追加工事は不要である。 B、Cは、最高水位が低下していないため安定計算上では工事効果があるとは判定されない。このような現象が生じる原因として、
工事効果は、地すべりを構成する帯水層構造が複雑、かつ不均質であるため様々な現象として現れる。したがって、帯水層構造(土層構成、層厚やすべり面や地形勾配の変換点など)や水位観測孔の構造、位置関係、地すべり発生の素因や履歴など、調査時、観測時の様々なデータを総合して工事効果の判定、追加工事の必要性の検討を行うことが必要である。 図−4 地下水排除工前後の地下水位変動模式図 6.留意点
参考文献
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