落石シミュレーション
制作:日本工営(株)

1.はじめに
 落石対策とは、落石発生源における落石予防工と、落石発生後に抑止する落石防護工の2種類に区分される。落石防護工を検討するにあたり、落石経路、跳躍高さ、加速度、衝撃エネルギーなどが重要な要因となる。これらの要因を検討する方法として、落石対策便覧による方法と数値解析シミュレーション(落石シミュレーション)を行う方法がある。落石対策便覧による方法では、起伏の少ない斜面や径の小さい落石を扱う場合には適用性があるが、斜面の起伏が大きく突発的な跳躍高を示す落石の可能性がある場合や、落石径が大きい場合は落石シミュレーションを行うことが有効である。

2.落石シミュレーションの概念と理論

落石シミュレーション手法は大きく2つの手法に大別できる。
  @質点系の落石シミュレーション手法
  A非質点系の落石シミュレーション手法
 質点系落石シミュレーション手法は、落石を大きさのない質量をもった質点または円柱・球等の単純な形状の剛体、斜面を固定した剛体とし、ニュートンの運動方程式に基づく支配方程式を解き落石の運動を求める方法である。落石の衝突、跳躍、落下の単純なシミュレーションから始まり、その後、斜面特性、回転運動などを考慮できるよう発展し、現在比較的多くの手法が存在する。非質点系のシミュレーション手法とは、落石を質点ではなく形状をもった多角形の剛体として取り扱い、斜面を2次元では複数の線分、3次元では複数の面として取り扱う方法である。質点系落石シミュレーションと非質点系落石シミュレーションの比較表を表1に示す

1 落石シミュレーション手法


質点系落石シミュレーション


非質点系落石シミュレーション

落石の考え方


大きさのない質量と持った質点また円柱・球等の単純な形状の剛体

形状を持った多角形の剛体

斜面の考え方

固定した剛体(2次元で複数の線分、3次元で複数の面)

解析の考え方・特徴

ニュートンの運動方程式に基づく支配方程式を解き落石の運動を求める。

ニュートンの運動方程式に基づく支配方程式を解き落石の運動を求める。落石形状が多角形であるため、落石と斜面の接触部で発生するモーメントや回転の計算が可能である。

解析手法


吉田らの手法(吉田ら,1983)
古賀らの手法(建設省土木研究所,1989鷲田ら,1989)
右城らの手法(右城ら,2000;右城,2000)枡谷・小村らの手法(枡谷ら,1997;小村ら,2000)
コロラド州の手法(CRSP)(Barret1989)
トロント大学の手法(RocFall)(Stevens1998)

DEM(個別要素法)(Cundall1971)

DDA(不連続変形法)(Shi and Goodman1984)

3.質点系落石シミュレーション
 質点系シミュレーション手法は、落石を大きさのない質量をもった質点または円柱・球等の単純な形状の剛体、斜面を固定した剛体とし、ニュートンの運動方程式に基づく支配方程式を解き、落石の運動を求める方法である。質点系落石シミュレーションにおいて、落石運動のモデル化を行うにあたり考慮する点として、図1に示すような落石の運動形態、衝突運動のモデル化、回転運動が挙げられる。

                                        

1 落石の運動形態 

 表1の「解析手法」の項目に示した質点系落石シミュレーションの6つの手法は、これらの点をどのように処理するかが各手法の差となり、シミュレーションの中で様々な処理がなされている。表2に各手法における落石運動モデル化の特徴について示す。

2 質点系落石シミュレーションの各手法における落石運動モデル化の特徴

            



                                 (日本道路協会,2002 に一部加筆)


ここでは例として、「吉田らの手法」の運動の考え方として図化したものを図2に示す。

                                                               

2 落石運動のモデル図(吉田らの手法)(日本道路協会,2002)

4.非質点系落石シミュレーション

 非質点系シミュレーション手法とは、落石を質点ではなく、形状を持った多角形のブロックとして取り扱い、斜面を不連続面で区切られたブロックの集合体として取り扱う方法である。この手法としては個別要素法DEM(Distinct Element Method)と不連続変形法DDA(Discontinuous Deformation Analysis)が挙げられ、不連続面を有する岩盤などの挙動解析に用いられている汎用コードである。これらの手法が、物体の分離、飛行、衝突などの動的問題をモデル化できることから、落石シミュレーションに適用する研究が進められてきた結果、落石調査及び対策の一技術として用いられるようになってきた。

 個別要素法(DEM)、不連続変形法(DDA)はともに、解析対象を剛体または変形可能な多角形要素によって離散化するものであり、落石の形状を反映することが可能であるとともに複数の落石を取り扱える。解析方法は運動方程式を、小さい時間刻みの逐次計算により解くものであり、時間ステップ毎に接触・非接触を判定し、接触時には接触位置での接触力、すべり、回転モーメント、エネルギー損失などが計算され、非接触時には直前の速度と重力より運動を算定する手法である。質点系シミュレーションと比較すると、接触時に接触力が重心を通らない場合に発生する回転モーメント、線運動速度が0でも回転する角が衝突して発生する法線方向力及びせん断力、回転軸と重心が一致しないで回転する場合の遠心力を考慮することができるという特徴がある。しかし、実際の斜面における斜面形状及び落石の凹凸、物性値の変化を詳細にモデル化するのは困難であるため、簡易的に落下開始時の落石の姿勢を変化させるなどの解析を複数回行い、実現象におけるバラツキを反映させる検討も行われている。

 個別要素法(DEM)と不連続変形法(DDA)の特徴を表3に示す。

3 個別要素法(DEM)と不連続変形法(DDA)の特徴

(日本道路協会,2002;土木学会構造工学委員会,2005 に加筆)

個別要素法(DEM)

不連続変形法(DDA)

運動方程式の

数値解析手法

静的及び動的問題ともに運動方程式を陽解法で解く(全体剛性、質量、減衰マトリックスを作成しない)

静的及び動的問題ともにポテンシャルの最小原理に基づき、運動方程式を隠解法で解く(剛性、質量、減衰マトリックスを作成する)。   

要素間の接触モデル

構成

モデル


辺と辺あるいは、角と辺の接触をバネとダッシュポットでモデル化。さらにせん断方向には、スライダーを設定する。バネにより、斜面法線方向、及びせん断方向の衝突力が計算され、ダッシュポットにより、落石と斜面の衝突によるエネルギー損失をモデル化する。スライダーはモールクーロンの破壊基準に従い、せん断力が抵抗力より大きければすべりが発生し、このときのエネルギー損失は摩擦に起因するものと考えダッシュポットは働かないものとする。

辺と辺あるいは、角と辺のブロック間の接触が生じた場合、ブロック間にバネが挿入され、ブロックが分離するときバネの削除を行う。さらにDDAでは、不連続面の特性としてモールクーロン則を接触条件として設定でき、落石が斜面をすべる際の摩擦によるエネルギー損失として、せん断方向にはスライダーを設定する。

接触力(反力)

バネ

接触点あるいは面において生じる落石と斜面間の相対変位と接触力の関係を線形としたバネモデルで表す。

接触状態にある落石と斜面間では貫入量が一定基準量以下(極微少な貫入量)になり、分離しているブロックについてはバネが挿入されていない状態になるまで、バネの挿入、削除の繰り返し計算が行われる。

エネルギー損失モデル

スライダー

安定した状態から強度低下や地震によって落石が発生することを解析する場合は粘着力を設定して当初の安定状態をシミュレートする。落下中は摩擦係数のみを設定する。

安定した状態から強度低下や地震によって落石が発生することを解析する場合は粘着力を設定して当初の安定状態をシミュレートする。落下中は摩擦係数のみを設定する。

粘性モデル

(1)落石と落石あるいは落石と斜面の衝突時のエネルギー損失は、衝突時の要素間の相対速度に比例する粘着力をダッシュポットでモデル化する。

(2)斜面モデルに設定されない植生等による減速効果は要素の絶対速度に比例し、飛行中も働く粘性抵抗で反映する。DDAと違って、この粘性抵抗は落石の面積に比例しない。

(1)角と斜面の衝突時のエネルギー損失を計算して、衝突後の速度を求めるのではなく、速度エネルギー比を用いて衝突後の速度を求める。

(2)斜面モデルに設定されない植生等による減速効果は、要素の絶対速度と面積に比例し、飛行中も働く粘性抵抗で反映する。

接触モデル

5.落石シミュレーションの手法の現場への適用

 落石シミュレーションを現場に適用させるためには、プログラムに入力するパラメータの設定が重要である。パラメータには、地形形状、落石形状、落石重量、反発係数、摩擦係数、粘性係数などが挙げられる。落石現象は実現象そのものが確率的であり、地形形状、物性値にもバラツキがある。したがって、パラメータについては、落石現象のバラツキをいかに表現するかという点に考慮して、設定することが重要である。

 落石シミュレーションを適用するケースとしては、検討する現地条件が経験的手法の根拠となった現地条件と比べて著しく異なるなど、落石対策便覧(日本道路協会,2000)に示されるような経験的手法の適用に問題がある場合や、現場落石実験の実施が困難な場合、現場落石実験を行った場合でも落石規模や落下個数が十分でない場合がある。また、斜面上での任意点での対策工の規模を決定したい場合などの合理的な設計が望まれる場合も有効である。

3に落石運動予測手法の選択フローを示し、表4に具体例を示す。


                                              

3 落石運動予測手法の選択フロー(日本道路協会,2002)

                                                                                                  落石シミュレーションを適用するケース(例)(日本道路協会,2002)


現場条件


落石シミュレーションを採用する理由


経験的手法の適用に

問題がある場合

落石の落下高さが高い場合


落石落下高さが高くなるとそれに伴って速度も増加すること、斜面条件と終端速度の関係が明確にされていないことから、落下高さの高い斜面に対しては採用するのが望ましい。

急勾配と緩勾配が混在する斜面


急勾配と緩勾配が混在する斜面では斜面状況により速度が加速したり減速したりする。経験的手法では斜面勾配を平均化するため、複雑な勾配を持つ斜面では落石速度が予測できない。また落石シミュレーションでは斜面勾配の折れ曲がりを考慮した解析が可能である。

落石防護工設置箇所に接近して崖や切土法面が存在する場合


急勾配の崖や切土法面、あるいは法面に小段等があると、跳躍量が大きくなるが経験的手法では予測することが難しい。


より合理的な 設計
が望まれる場

斜面上の任意点の速度や跳躍量を予測したい場合


落石シミュレーションでは落石の跳躍軌跡や斜面方向の速度変化を求めることが可能であり、任意の点の跳躍量や速度を予測できる。このことから落石防護工の効果的な設置位置や規模を決定することが可能となる。

路線の重要度を考慮した設計を行う場合


落石シミュレーションを行えば、落石の速度や跳躍量を確率論的に評価することが可能になるので、交通量や投資規模を考慮した落石対策工の設計が可能になる。

6.落石シミュレーションのための調査

 落石シミュレーションのための調査とは、シミュレーションに使用するパラメータを設定するための調査である。既往調査結果で不足する場合、必要に応じて現地調査や各種試験を行う。なお、シミュレーション手法によって必要となるパラメータは異なるので、調査項目の設定に当たっては注意が必要である。落石シミュレーションの調査については以下のようなものが挙げられる。

  ・測量(平面図・断面図)

  ・現地踏査(落石発生源の確認・落石経路の設定・既往落石状況の把握)

  ・斜面の地質・土質特性の把握

  ・植生状況の把握

  ・各種試験(原位置試験・物理試験)


                                
         
写真 既往落石状況の把握調査例(落石シミュレーション逆解析に使用)


7.落石シミュレーション実施及び結果の利用上の留意点

 現地調査等により解析断面、解析対象落石が決定したあと、落石シミュレーションを実施する場合の解析フローは以下の通りである。

























                       図4 落石シミュレーション解析フロー


 落石シミュレーションにおけるパラメータ設定の一般的方法について表5に示す。

5 落石シミュレーション実施上の一般的方法(日本道路協会,2002)

項   目

質点系解析

非質点系解析

落石の

モデル化


対象落石を質量の等しい、あるいは質量及び慣性モーメントの等しい球あるいは円柱でモデル化する。手法によっては、落石径・落石質量・慣性モーメントを任意に入力できるものもある。

対象落石を最も回転しやすい2次元断面でモデル化する。他の2次元断面でもモデル化を行い解析することが望ましい。

解析断面

の選定

当該斜面において、代表的な断面を25断面選定する。

断面形状の

モデル化


断面形状は一般には、航測図等から遷急線や大局的な斜面勾配の変化が捉えられる例が多い。しかし、精度の高いモデルを行うために、斜面の段差や突起部はできるだけ詳細に測量することが望ましい。

斜面特性の

モデル化


岩盤部や崖錐部など斜面の地質状況に合わせてモデル化を行う。パラメータ設定は、@地質の評価と地盤データを利用する方法、A過去の実験分析値から推定する方法、Bプログラム開発者などから示されているパラメータの経験値を利用する方法、C周辺の落石状況及び被災状況からパラメータを推定する方法が考えられる。

植生の

モデル化


抵抗や粘性として取り込む手法が提案されている。パラメータは既往の解析を参考にするか、シミュレーション結果と対象地点周辺の転石状況や過去の落石事例等と比較して決定することが多い。



 落石シミュレーション結果は、パラメータの与え方が結果に大きく影響するため、解析後に結果の妥当性を検討することが重要である。まず、落石の速度や落石軌跡形状について不自然な結果になっていないか等の基本的な点を確認し、問題がなければ、現場の転石状況及び過去の被災事例との比較を行うことにより、シミュレーション結果の妥当性を検証する。解析結果の妥当性に問題があれば、パラメータの再設定等を行うことが望ましい。

(引用文献)

Barret, R. K.. (1989) :Rockfall modeling and attenuator testing,Colorado State Dept. of Highways, Denver

Cundall, P. A. (1971) :A computer model for simulating progressive large scale movements in blockly rock systems, Proc. of Symposium of the International Society for Rock Mechanics, Vol.1, Namcy France. U-8

土木学会構造工学委員会(2007) :構造物の性能照査型耐衝撃設計に関する研究小委員会 荷重と限界状態WG :衝撃荷重を受ける土木構造物の設計用衝撃荷重の設定方法の指針(Ver.2)

建設省土木研究所(1989) :落石防災対策に関する調査報告書(その1),土木研究所資料第2770

建設省土木研究所(1989) :落石防災対策に関する調査報告書(その3),土木研究所資料(部内資料71)

小村辰彦,村西隆之,西澤謙二,枡谷浩(2000) :落石シミュレーション解析のパラメータ設定と実斜面の凹凸評価,第5回構造物の衝撃問題に関するシンポジウム講演会論文集

枡谷浩,福田尚晃,堤下克彦(1997) :斜面上の落石の運動解析手法の開発,構造工学論文集Vol.43A

社団法人日本道路協会(2002) :落石対策便覧に関する参考資料-落石シミュレーション手法の調査研究資料-

Shi, G. and R. E. Goodman (1984) Discontinuous deformation analysis, Proc. of 25th U.S. Symposium on Rock Mechanics

Stevens, W. D. (1998) :Rockfall:A tool for probabilistic analysis, design of remedial measures and prediction of rockfallsA thesis submitted in conformity with the requirements for the degree of Master of Applied Science, University of Toronto, Department of Civil Engineering

右城猛,篠原晶二,谷田幸治,八木則男(2000) :落石の斜面衝撃運動に関する研究,第5回構造物の衝撃問題に関するシンポジウム講演論文集

右城猛(2000) :落石シミュレーション手法の開発,地盤工学会四国支部地すべりと斜面崩壊に関するシンポジウム

鷲田修三,古賀泰之,伊藤良弘(1989) :落石運動の予測手法について,第24回土質工学研究発表会

吉田博,新井久和(1983) :マイコンによる落石の飛跡シミュレーション,第一回落石の衝撃力及びロックシェッドの設計に関するシンポジウム論文集,1983